1.白無垢は挙式だけに切るのが決まりです。

白無垢は挙式だけに着る礼装で、打掛の下に着る掛下と呼ばれる着物から小物類まで全て、純白で揃え、綿帽子か角隠しを付けます。披露宴では色打掛に掛けかえるか、振袖に着換え、その際に綿帽子、角隠しははずします。

色打掛は挙式でも披露宴にも着用しますが、綿帽子は使わず、角隠しで挙式、披露宴では角隠しをはずすのが装いのしきたりです。

2.白無垢は武家と裕福な商家の花嫁衣裳でした。

掛下、打掛をはじめ、すべてを白一色に統一した白無垢の花嫁衣裳は、鎌倉時代から室町時代の武家や、豪商の花嫁の装いでした。

白は清浄な処女を表し、嫁してはその家の色に染まるとされていたようです。

明治から大正にかけての花嫁姿は二枚襲の黒振袖に角隠しの装いが多く、昭和初期になると黒の一越縮緬に五つ紋の絵羽模様の衣裳が庶民の花嫁衣裳として一般化してきました。

3.神前挙式に欠かせない綿帽子、角隠しは昔は防寒具、埃よけでした。

綿帽子をつけた花嫁の美しさ、文金高島田に添えられた角隠しの品格は別格です。
ところがこのかぶりものは外出時に被った寒さよけや埃よけだったのです。
その証拠に歌舞伎の舞台で旅する女性が登場する場面では、年齢に関係なく角隠し風の布をつけている姿を見る事が出来ます。

防寒用品だった綿帽子は真綿を引き伸ばして頭に被ったものなので綿帽子と名付けられました。今の綿帽子はワイヤーなどでしっかりと半円形に形づけられていますが、以前の綿帽子は加工されていないので、柔らかく花嫁の頬を包んで優しい雰囲気に見せます。

4.黒の引き振袖に角隠しの装いは江戸時代の庶民の花嫁姿でした。

人気の裾を引いた黒振袖の花嫁衣裳は、大正から昭和初期にかけての一般的な花嫁の装いでした。
黒の振袖は江戸時代の御殿女中の装いで、当時の庶民の女性は[御殿に上がる]という言葉が表しているように御殿女中の憧れでしたから、自分のハレの日の装いに御殿女中の衣裳を模して装ったのが始まりといわれています。

当時の武家の花嫁はまず純白の装いで挙式し、娘時代へのお別れの意味を込めて赤色のきものにきがえ何回もお色直しをした最後に黒の振袖に着替えたといわれています。